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ま、タイトル通り「あったってなくたって大してかわりゃしない(by古今亭志ん朝師匠)」blogであります(苦笑)。

♪県営大宮球場では夏の県予選~、準決勝の熱気が~…何と戦っているんだろう?(謎)

のっけからいきなり長くて意味の分からないタイトルで失礼します(詫)。

早いもので、ワシが今の職場に勤めだしてもう一月が経過した。そして珍しく7月後半~八月前半のシフトは連休が組まれていることが多いシフトになっている。
そこで「そうだ、野球、行こう。」とJR東海だかどこだかの回し者みたいなことをつぶやきながら、ワシは県営大宮球場に足を運んだ。
照り付ける日差しにせせら笑われながらも、東武野田線(アーバンパークラインに非ず)を大宮公園駅で下車して、如何にもこれから野球観戦に行くぞと言わんばかりのおっさんたちや嘗ての高校球児であろうあんちゃんたちや家族連れなどについてゆくこと数分、ようやっと大宮公園内にある県営大宮公園野球場(以下、「県営大宮球場」と表記する)にたどり着いたのは試合開始10数分前。場内アナウンスで既に両チームの先発メンバーが発表されているその声を聴きながら、入場料500円(安い!)を払ってチケットを購入、入ったままの一塁側内野席に着く。

 ・第1試合 浦和学院 3x - 2 春日部共栄

浦和学院が2回に6番・秋山君(捕手)の本塁打で先制、5回にも秋山君の出塁(一塁手のエラー)からチャンスを広げ、9番・森川君(遊撃手)のスクイズで追加点を挙げ、試合を優位に進める。
 春日部共栄浦和学院の先発・清水君、6回から登板した2番手・渡邊君をなかなか捉えきれなかったが、7回に無死一、二塁から5番・谷島君(右翼手)の適時打とパスボールで同点に追いつくも3番手・佐野君に後続が抑えられ勝ち越せず。
 9回裏、浦和学院は今大会注目のスラッガーとして名高い4番・蛭間君(右翼手)がヒットで出塁するとすかさず5番・山本君(中堅手)が送って一死二塁。続く秋山君はここまで好投を続けてきた春日部共栄の先発・大木君から交代した高橋君の前に三振に倒れるも、7番・本田君が二塁手の横を抜くサヨナラタイムリー!もつれにもつれた死闘に終止符を打った。浦和学院側の応援席からは「蛭間、足も速いんだな」と妙に感心した声が聞こえた。
 4回にその回の先頭打者である二番・杉山君(一塁手)の打球を膝に受け応急処置を受けてなおマウンドに立ち続け力投した大木君、最後あと一歩のところで打球を捉えることができなかった二塁手・川端君両名の悔しそうな表情が印象的だった。


 第2試合 山村学園 1 - 11 花咲徳栄 (7回コールド)

花咲徳栄は1回、先頭の太刀岡君(中堅手)が死球で出塁するとすかさず盗塁とタッチアップで一死三塁のチャンス。3番・西川君(左翼手)の内野ゴロの間にホームイン、あっという間に1点を先制した。
 1回・2回と花咲徳栄の先発・綱脇君の前に内野安打一本に抑えられていた山村学園は3回、遊撃手・岩瀬君のエラーで得たチャンスに1番・野邨君(右翼手)の右翼線を破る適時二塁打で同点に追いつくも、後続が抑えられ勝ち越しはならず。
 その後は両軍ともチャンスにあと一本が出ない展開が続くが、6回、花咲徳栄は二死から8番に入っている綱脇君がヒットで出塁、先ほどエラーをした岩瀬君がセンターオーバーの適時二塁打で1点を勝ち越す。
 その裏の山村学園の攻撃を三者凡退に抑えると、次の7回に目の覚めるような集中打を浴びせて先発・和田君及びその後続の投手陣を滅多打ち。制球に苦しむ山村学園のリリーフ陣を完全に呑んでかかって何とこの回だけで6安打3四球を絡めて得点を重ね、挙句の果てには西川君の満塁ランニングホームランという滅多に見られないビッグプレーまで飛び出して、何と何と一気に9得点を挙げ、試合を決定づけた。
 この7回の攻撃だけで格の違いが明らかになったと言ってもいいわけなのだが…だったらなぜ最初から(泣)。

サヨナラゲームあり、コールド勝ちありとタイプの違う試合が見られて実に満足な準決勝であった。
というわけで、決勝は浦和学院vs花咲徳栄となったわけだが、…どっちが勝っても甲子園では一回戦で負ける気しかしないんだがダメかなぁ(泣)。

試合後は氷川神社の参道わきにある蕎麦屋で普通のそば・大根おろしにいくらが乗ったそば・とろろそばの三種のそばが食べられるセットを食す。そばが固めな以外は満足。

いやぁ、久々に休日を満喫した。暑かったけど、楽しい一日でした。

我が部屋にエアコンがつくことになり、とりあえず寝苦しい夜から解放されるのこと(「新・水滸伝」風に)。

ここの所、どういう訳か良いことが起こることが多い(悪いこともあるにはあるがこの際忘れることにする)。

母が某家電量販店の会員特別価格限定品であるところのエアコンを購入、ワシの部屋に取り付けてくれたのである(実際に取り付けたのは業者の方であるわけだが)。

ここ数日、寝苦しい夜が続いていた折も折、本当にありがたいことである。母とて今年は入院したり退院してもしばらく体調がすぐれなかったりと大変であるにもかかわらず、バカ息子たるこのワシにそこまで肩入れしてくれるだけでもありがたいのに…感激のあまり言葉が見当たらなくなりそうである。

それでは後半参りましょう、後半しゅっぱーつ(いかりや長介風に)。

またしても一か月近くご無沙汰してしまった。しかしながら、この一か月でワシを取り巻く状況は大きく変わった…と書くと何が起こったかと数少ない読者の皆さんは訝しがるかもしれない。

変わったのである…良い方向へ。

6月に入り、面接に明け暮れる日々が唐突に終了した…ということは即ち、ワシは仕事場を見つけた、ということになる。

辞める前までしていた介護の仕事を再びしてみようと思い立ち、市内にある介護施設の面接に応募したところ、そこの施設長がワシがはるか昔に卒業した大学の卒業生であることが分かり、まずは3日間の研修後、正式採用ということに。この、あまりにも意外過ぎる展開に驚いたのはワシばかりでなく母も、母からこのことを聞いた弟も大変驚いていたという。実に奇しきは人の縁か…。

そして3日間の件数を終え、6月16日、いよいよワシは介護職員(非常勤パート)としての生活をスタートさせた。
やることはかなり多く、体も頭も使うし気づかれもする。正直、どうしてそこまでやらにゃいかんの、と思うこともある。
でも、もう弱音は吐かない。後戻りもしたくない。やっと見つけた仕事だ、簡単に手放してたまるか。泥臭くてもいいからしがみついてゆくまでだ。

今のところは結構いいことの方が多いという、ワシの人生史上稀に見るほどの上出来具合である。
最初のイベントである紅白対抗運動会では障害物ジェスチャーで貴重な一勝を挙げる原動力となり、大会の締めに一曲歌う羽目になり…と何だかすっかり宴会要員と化している。
前述のとおり仕事の種類がかなり多いので最初のうちは閉口したが、時間帯によって大体やることそのものは決まっているので覚えてしまえば案外たやすいものである(とは言え仕事そのものは体力的にはかなりしんどいのだが)。
それにしても、前の職場でも思ったのだが、介護を要する高齢者と一口に言ってもその状態は様々で、まとめて一括りにするような対応はできるものではない。況して、入居者の方々を取り巻く状況は今日と明日では全く同じというわけにもいかない。
あれこれと対応に追われる介護職員を一人称で描き出す新作落語…あ、そんなのあったら面白そうかもしれないな、などと仕事中についそんなことを考えてしまったりもしている。

まぁそんなわけで、一時のどん底状態からはとりあえず脱却できた。根気よく頑張って、どうにか三月、三月もったら半年、半年もったら一年…と勤められるように努力していく所存である。

姪の宮参り、そして定例会。

珍しく日曜日というのに早起きして、今日は弟の生まれたばかりの娘…即ちタイトル通りワシにとっては姪…の宮参りに母と共に出かけることになった。
本来ならば父が向かうべきところをどういう訳か父が機嫌を悪くして行かないの一点張りになってしまい、たまたま暇を持て余していたワシが父のいわば名代として行くことになったのである。

上尾駅で弟と待ち合わせて、宮参りの場所である氷川鍬神社(祭られているのが鍬の女神様という変わった謂れの神社なのだそうである)で弟の奥さん一家を出迎え、いよいよ宮参りと相成ったのが午前11時過ぎくらい。神主さんが祝詞を上げ、玉串奉奠をすませ、滞りなく行事そのものは終わり、宮参りの記念撮影に写真スタジオへ。

そうしたら、日曜日ということもあってかなりの家族連れで写真スタジオはかなりごった返しており、記念写真を撮るだけでも大変。おまけに、最近の親ばか事情を反映したのかとにかく衣装替え用の衣装が多いわ、スタッフの皆さんは手慣れた調子で子供をあやしつつ見事なタイミングでベストショットを収めるわ…ここの所あまりいいところのないワシにとっては何だか場違いすぎて頭が痛くなるような場所であった。
そんなこんなで昼食予定時刻の午後1時を大幅に押してしまったものの、駅前にあるうなぎ料理屋で会食。うなぎはまぁまぁと言ったところだったが、ゴボウの素揚げやらうなぎの骨の唐揚げやら珍しいものが食べられて良かった。

駅まで弟の車で送ってもらい、ワシと母は電車で岩槻まで。そこからワシは定例会へ向かうこととなった。
久々の定例会、テンション的には問題なかったのだが、やはり指勝負ではかなわないことだらけ。とは言え、一時でも日々の憂さが晴らせたのは幸いであった。

さて、明日からまた苦難の日々か。だが、だからどうしたとせめて心に呟いておきたい。

母の退院、そして面接。

一週間の検査入院を終え、母が無事退院した。とりあえずはやっと元の日常に戻れるものの、足のむくみが完治したわけではないので、掃除や洗濯は引き続きワシがあらかたやらねばならないようである。ま、もう慣れたのでこれは別にどうということはないのだが。

で、今日は関東を中心に全国展開している某大手冠婚葬祭互助会の面接へ。説明会の担当者である初老の社員の方が面接官として応じてくれたのだが、いやまぁ、頑張りがいのある職場と仕事だわい、と感服した次第。結果が出るのは一週間後。先に受けた郵便の契約社員の仕事次第ということになりそう。

それにしても、帰りの蕎麦屋で偶然テレビ朝日が映っていて「やすらぎの郷」を見たら、次回予告でその前の「徹子の部屋」に出ていた冨士真奈美に加えて何と!津川雅彦まで出ていてびっくり!いったいどんな役どころなんだろうか…そして、今週の話に出てきた大物時代劇俳優の庶子…即ち隠し子の一人が平成生まれ…ってことは予てより伝わっていた追加キャストの一人・神木隆之介はここで出てくるのかな…ただ、今のところは男性キャスト陣は総じてあまり若い人が出ていないのでこれは女性視聴者向けのキャスティングなのかな?などと些か突っ込んだところにまで想像が膨らむ。恐ろしい番組だわい。

母、入院す。

予てより原因不明の足の痛みに悩まされていた母が急遽入院することになった。

元々は大腸に何か病気があったらしく、それとほぼ同時に足がむくみだす訳の分からない症状が出始め、気が付いた時には何やら大変なことになっていた。
母曰く「これでガンとかだったらまだあきらめもつくけど先生も何とも言わないからよく分からない」とのこと。最後になるかもしれないというクラス会の旅行に行かれなくなったことが精神的にきつかったのか…。

ともあれ、明日は面接である。母のことは心配なれど、ワシはワシのやるべきことをやるだけである。

大型連休中…無職には関係ないのだが(泣)

滅多にドラマの類を視聴するわけでもないうちの母がこの春から始まったテレ朝の「やすらぎの郷」にドはまりしている。そう言えば、週刊新潮のテレビコラム「TVふうーん録」の吉田潮さんも「大体今のテレビドラマは若すぎるんだよいろんな意味で」なんて言ってこのドラマをべた褒めとまではいかぬものの高く評価していたっけ。彼女は1972年生まれ…ってことはワシと同世代。テレビが本当に面白かった時代を知っている(かもしれない、と気弱なワシは予防線を張ってみる)最後の世代の人である(たぶん)。
登場人物たちの台詞が冗長でなく端的、という指摘が当を得ている。比較例として「渡る世間は鬼ばかり」の長台詞を挙げていたが、まぁ納得させられた。ワシも見ていてこのセリフ多少説明的すぎるかな?というところが散見されるものの、最終的には心にストンと入り込むところがさすがベテラン・倉本聰。演出も若い人たち中心なのだろうが、このテレビドラマシナリオ界の生きる伝説の描き出す場面を見事にテレビの枠内に収めてくれている。気づけばあっという間に15分が経過している。恐ろしい完成度である。
この春からテレビ朝日はこの枠でこういう15分枠のドラマを制作・放送してゆくらしいのだが、初っ端からこんな力作を出されたら、次の作品に関する期待はどれほどのものになってしまうのだろうか、もしその作品が大爆死なんてことになったら…などと要らぬ心配をしてしまう。

それにしても、「シルバー世代向けのギャルゲーみたいな作品世界」とネットでのドラマレビューでどこのどなたが言ったかは知らぬが上手いことを言う人があったもので、なるほど石坂浩二演ずる老脚本家・菊村栄(限りなく倉本聰の本名に近い名前なのである)が主人公キャラで、メインヒロインは”お嬢”こと白川冴子(浅丘ルリ子)か”マヤ姐”こと水谷マヤ(加賀まりこ)のどっちか、妙に絡んでくる三井路子(五月みどり)にトラブルメーカーっぽい雰囲気を持ち合わせる井深冴子(野際陽子)、おっとりとした癒し系の”姫”こと九条摂子(八千草薫)に今のところ謎だらけで正体不明な及川しのぶ(有馬稲子)…とまぁよくあてはまるものである。
”マロ”こと真野六郎(ミッキー・カーチス)と”大納言”こと岩倉正臣(山本圭)は主人公の悪友みたいな立ち位置で、今後登場する予定の高井秀次(藤竜也)は主人公のライバル的な存在?ってことになるのかと思う。理事長と副理事は学校の校長と教頭みたいな感じで、常盤貴子演ずるコンシェルジュの松岡さんは…攻略キャラではないんだろうけどなんか気になる存在、みたいなもんで。なるほどなぁ。

巷に多く溢れる(でもないかな?)ギャルゲーは学校が舞台、年端もゆかない若造たちの物語であるため、若さと勢いはあるけれど深みや含蓄には欠ける嫌いがある。そこへ行くと、この作品は戦争を体験した世代(よりかは少し下がるだろうけど、戦争が終わった直後くらいの混乱した世相を経ているかそうでないかというのもかなり人格形成に影響しそうではある)ならではの感慨やら老いてなお湧き上がる欲望やら、若さと勢いではどうにもならないいろんなことが起こる分、下手なギャルゲーよりよっぽどいろんなことが起こりそうなもんで、そうか、だから今のテレビドラマって物足りないんだなぁ、と思う。
ワシらも人のことは言えないが、ワシらより下の世代は感情の起伏が劇中の人物に比して激しいだろうか?命を捨てても手に入れたいものを心に感じただろうか?そういうものがないことには、ドラマをドラマとして成立せしめるドラマティックな何かは表出されないのではないだろうか?
15分経って、そこからさらに15分くらいたった時にそんなことを考えてしまうほど暇な最近のワシである。

さて、もう5月になってしまった。いつものことだが、暇はあるけどカネは年中ないワシにとって、この大型連休の季節は妙に心が沸き立つ。
若い頃にはそんなに気にしていなかったのだが、町を離れて少し人里離れた風情の場所へ行くと、名前も知らないきれいな花が咲いていたりするのが妙に嬉しくなっている。
先週の金曜日に、そんな浮き立つような陽気に誘われるように見沼田んぼの辺まで自転車を走らせた。途中、自転車のタイヤの空気が甘くなっていることに気づき、近くの自転車店をスマートフォンで検索した…はいいのだが、かなりの距離を自転車を押して歩いて気が付けば大宮駅まであと数キロというところにある自転車店につくことに。そこで空気を入れてもらって、以前行ったことのある見沼ヘルシーランドへ時間をかけて向かった…のだが、いざたどり着いた時になって施設改修工事のため10月まで休館していたことに気づき、愕然となった…(泣)。

仕方なく、またえらい時間をかけて見沼区にある日帰り温泉「小春日和」に赴く。
何だかえらく中の様子が様変わりしていて、ポイントカードやらロッカーの鍵で最後に会計を行うシステムやら、何だかびっくりした。

そんなことを書き進めているうちに、またどこかへふらっと出かけたくなってしまうなあ…。